受験でお悩みの方へ
19歳の独白

日本の受験制度に疑問を感じている方に対して,日記を公開します。

Updated: September 29,1996


何かの参考になれば幸いです。

 今年は,自分にとって精神的に成長した1年であった。この4月本校の同志社に入学した。しかし, その時の気持ちを思い起こせば,“大学生”であり“受験生”である心境であった。つまり,入学した 時点で再受験しようと考えていた。大学に入学したことも少しも喜びを感じず,ただ来年の3月の受験の ことに目を向けていた。

 去年の3月,国立1・2期(現在の制度とは,少し異なる)を受験し,失敗,浪人生活の道を歩んだ。 しかし世間一般に言われているような暗さは感じなかった。というのは自分にいつも,“自分の能力は このようなものではない”と言い聞かせて,小学・中学・高校へ進むにつれて,リーダ格から,ただ単 に平凡な人へ進む道へ歩んで言ってしまうことに対しての意志の弱さや,能力の限界を認めることに反 発を感じていたからである。中学2年,3年,高校3年の担任から,最後の感想はいつも,“期待はず れだ”という答えが返ってくる。そのたびに自分のなさけなさを味わい,最後まで自分が下降しつつあ る人生をたどっていくのではないかと,不安の念が頭をかすめた。精神的に衰弱状態に落ちていった時, 冬の夜11時ごろから,こっそりと家を抜けだし,自分自身を忘れようと,無我夢中で走ったことが何 度もあった。しかし,どんな時にも,“自分の限界はこんなものではない”と言い聞かせていた。浪人 生活を充実した日々で送り,入試を迎え,結果はまた敗北に終わった。数日むなしさが漂った。2浪す ることのいやさと,親の反対も有り,入学はした。しかし,4月から“大学生”“受験生”の生活が始 まった。大学の講義は,大学にいる間に消化しようと,暇があるたびに図書館にかよった。家に帰ると, 受験勉強,ラジオ講座と夜中の2時ごろまでの日々が,8月まで続いた。この間に模擬試験も数回受け た。いつも両親には,大学へ行ってくると行っては,模擬試験場へ出かけた。この時期,苦しいことは, 両親もこの気持ちを知らず,孤独との戦いであった。

 そして8月心境の転換期に達した。自分は何のために努力しているのか。自分の限界を認めるのがい やなのか。入試の合否に関する学力だけが,自分の限界を調べるスケールであるのか,それとも,俗に 言う“良い大学”に入学したいためなのか 。。。。。。。うなされ,夜の眠れない日が10日程続い た。予備校の進学相談室へ手紙を出したり,同志社のカウンセラー室へ足をのばした。(不在であった ので,実際は相談しなかったが)ここで,再受験の志を捨てては,今までの努力が水の泡になってしま う,大学を退学し,受験勉強に専念しょうかと。。。。。。 。 そして,
 決意の日が来た。来年の合格への道を目指して,再々度,挑戦してみることも,“くい”を残さない すばらしい人生体験である。しかし,近視眼的に目前の目標に目を向けるより,空を見上げれば,広々 とした空間が広がっている。この力あふれる青年期を大事にしなければならない。工学部という道を選 択した以上,国際人となるように努力すべきである。自分の限界は,外界から決められるものではなく, 自分で作り上げるものである。

 9月,真の大学の入学である。孤独から開放され,自由と将来への希望の光がさし,すがすがしい気 持ちである。。。。そして今日にいたる。語学,家庭教師と忙しいながら,充実した日々を送っている。 この半年の体験が,発想方法を変え,人生に数回しかない,ひとつの重要な時期になるだろう。

 この体験までは,何事をするにも,不安が有り,自分の考えを持たず,他人に頼る傾向があった。し かし,どんな環境におかれても,常に前向きに行動するが,甘んじてしまうことに激しい反発があった。 それがようやく実り,他に左右されず自覚できるようになった事は確かである。現在では,強い意志 (自分でも驚いているが)が感じられ,たったひとりでも何かができる自信がある。

 この体験から通じて言えることは,人間の能力の限界は存在しないことである。限界の存在の有無が いえるのは,単に直線上的観点に立って,考えているからであって,平面的,空間的,さらには,時間 を含めた4次元的観点の立場からすると,自然に限界がなくなる。一生約70年の間に,この転換期が 何度くるかによって,人間個人間の差となって現れてくる。しかし,人間は,優れた思考能力を持ち, 外力によらず,独力で改善していく能力がある以上,だれもが,スケールの違いはあっても,努力して いく限り,限界に思える壁を打ち破れる。

 ここで,少し話は変わるが,人間のスケールについて考えてみよう。先ず,円錐の容器を思い浮かべ てほしい。人間のスケールは,その円錐の体積である。つまり,生まれつきの天才を除いて,出発点, つまり底の位置は同じであり,人間の能力の差はない。しかも,一生約70年の短期間に達しうる高さ も,ほとんど変わらない。個人差は,底による。人間の形成時期に底の半径が大きくすることができる かによって,人生のスケールが,おおよそ決まる。底面の半径が小さいと,後でいくら努力しても,高 さを上げることは,並大抵ではないので,努力の割には,効果はあまり期待できない。それでは,最初 の底面の半径が小さいと絶望的であるかというとそうではない。前にのべたように,人間の限界は,観 点の発想方法を変えるとなくなる。つまり,人生において,何度かの転換期に円錐の半径を大きくする ことができるのである。人生に転換期が,一度も訪れない場合は,限界が見えているのだが,。。 。

 人間ひとりでは,何もすることができないと言う人がいるが,そのように言う人ほど,スケールの小 さい人だと思う。人間には限界がない。つまり,無限の力があると考えれば,どれほど,勇気と希望が 湧くであろう。一見,楽観論的に見えるかも知れないが,自分の限界を決め,それに甘んじる事を恐れ ているのである。

 “無限の可能性を秘め,それを開発しうる能力の持ち主”が人間であると思う。


 受験生の皆さん,以上の日記は,ほぼ同じ年代の時の19歳の人生観です。  独白ですが,受験等,人生に悩んでいる方の何かの参考になればと思い,  はずかしながら,“19歳の独白”を公開しました。 もし,現在こまっている方がいれば,メイルでも下さい。少しは,相談にのれると思います。                       

Copyright (C) 1996 by Ari-Enterprise.